The Figure in the Carpet

短編小説を読んだから、その感想を書いた

パトリシア・ハイスミス : ヒロイン

概要

ルシールはクリスチャンセン家の保母(ナニー)の仕事に就くことができた。そこは夢にまでみていた憧れの家だった。この家で、できるだけ長くお勤めをしたい。できるだけ長く。ずっと。末永く。

ルシールは使命感に燃えていた。子供好きの彼女は、すぐにクリスチャンセン家の男の子ニッキーと妹のエロイーズを好きになる。クリスチャンセン家の子供たちは公園にいる子供たちとは違って申し分もなく可愛く清潔だった。自分にふさわしい子供たち……。何よりも二人とも自分のことを必要としているのだとルシールは思う。なぜなら、二人の子供たちは前任の保母だったキャサリンの悪口ばかり言っているから。

二人の子供たちのためにあらゆることをしてあげたい。あらゆることから子供たちを守ってあげたい。子供たちを守ってあげられるのは自分しかいないのだから。ルシールは、これほどまでに、この家の子供たちを愛していることをクリスチャンセン夫人に伝えたかった。この家の子供たちのためならば死んでもいいと思っていることを奥様に知って欲しかった。そのためにはどうしたらいいのか。ルシールは「思考」する。 

ルシールは見ているうちに、何かほんとうに大変なことが起こればいい……何か危険でおそろしいことがエロイーズの身にふりかかったらいいのにと思っている自分に気がついた。そうしたらあたしは彼女と襲撃してきたやつの間に割って入って、勇気があって献身的なところを見せてやれる。銃弾かナイフであたしは重傷を負う。でも悪者を撃退する。そしたらクリスチャンセン夫人はあたしに好意をもって、いつまでもここに置いてくれるだろう。 

 

感想その他

久しぶりに読み返して完璧な作品だと改めて思った。例えばルシールが子供たちを手なずける場面では「母親は子供たちにコーヒーを飲ませない+父親は隠れて子供たちにコーヒーを少しだけ与える+前任者キャサリンは母親に倣ってコーヒーを与えない」ならば、とルシールは二人の子供たちにコーヒーをなみなみと注いであげる。結果、子供たちはルシールを慕う。他にも、砂場で子供たちが遊ぶ場面は、この『ヒロイン』という小説のミニチュア版になっている。すなわち、エロイーズが悪者に捕まったお姫様になり、ニッキーはそのお姫様を助ける「ヒーロー」になる。

お屋敷の子供たちと(自称)保護者という関係から、パトリシア・ハイスミスのお気に入りの作家ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』を思い出す。さらに『動物好きに捧げる殺人読本』の解説にもあるように、子供たちを助けるために──子供たちを救う自分の姿を人に見てもらうために──家を放火して子供たちを危険にさらす、というのは、G.K.チェスタトン流の逆説にぴったりだ。先を読み、さらにその先を読んでいるつもりになっている思考の結果が、この短絡さという。

 

データ

The Heroine

小倉多加志 訳、『11の物語』(早川書房)所収 

11の物語 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

11の物語 (ハヤカワ・ミステリ文庫)