The Figure in the Carpet

短編小説を読んだから、その感想を書いた

レベッカ・ブラウン : 犬──神の内在について

概要

”ある夜、私のアパートに犬がいた”という、その事実以外の何ものも意味しない明快な文で、このレベッカ・ブラウンの連作短編集は始まる。アパートに犬がいた。それは背が高く黒くて痩せていて…耳は尖っていた。ドーベルマンだろうか? 読んでいくと、このドーベルマンのような犬は雌犬であることがわかる。

では、突然アパートに現れたこの犬は何をするのか? 語り手である私が寝ているベッドに乗り、私の上に横たわり、私を押しつぶそうとするのだ。その重みで私は苦痛にあえぐ。息もできない。動けない。犬はベッドの端にいて、さらに私の側面にもいた。犬は一匹しかいないのに、どこにでもいるように思える。私を押しつぶすもの全体が犬であるかのようだ。このままでは私は息ができず、窒息し、死んでしまう。だから私は「出してください」とお願いする。

すると犬はベッドから出た。犬はその後、私に命令し、キッチンにつれていき、水道でそうするよう促し、水を飲む。

私は犬が美しいことを知る。彼女=犬は私の内部で生きた。

 

感想その他

『犬たち』という連作短編の第1作なので、これだけでは「犬」が何を意味しているのか、それとも「犬」は単に犬そのものなのか、わからない(いや、単に都会で暮らす一人の女性と迷い犬との交流を淡々とリアルに描いたライフスタイルなんとか…ならわかる、けど、それだけ?)。「犬」の行動も、丁寧に描いているにもかかわらず、だからそれは何を意味するのかは、わからない。そもそも「私」と「犬」の関係は何を意味するのか、わからない。

そう、わからない……と言いたいところだけど、おおよそ、多分そうじゃないかな、という見当はつきそうな気がする。なぜなら僕はウィリアム・L・デアンドリアの某推理小説を読んでいたからだ。だからデアンドリアの小説のエピソードに倣い、タイトルの「犬」を大文字の”DOGS”にして、複数形を無視して逆に読めば……"GOD”になる。

ま、副題が「神の内在」だし、冒頭にアウグスティヌスの『告白』やフランシス・トムソンの『天の猟犬』が引用されていれば──”私は神から逃げて夜を下り昼を下った”──なんとなくこういうことじゃないかな、というのはわかる。わからないけど、わかる。なんとなく。

 

データ

THE DOGS

柴田元幸 訳、マガジンハウス『犬たち』所収 

犬たち

犬たち

 

 

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