リチャード・マシスン : こおろぎ
概要
「あれを聞きましたか?」とジョン・モーガンという小柄な男が休暇で湖にやってきたジーンとハルのところへやってくる。「あれ」とはこおろぎの泣き声のことだった。ジョン・モーガンによれば、こおろぎが翅を擦り合わせて出す音は、暗号メッセージになっているのだという。もちろんジーンとハルはそんなことは冗談にしか受け取らない。しかしジョン・モーガンはいかにも信憑性があるかのような話し方で、いかにも信憑性があるかのように思わせる7年間の研究の蓄積とやらを語る。一週間前に、こおろぎの翅から発せられる暗号のパターンをついに解読した、と、ジョン・モーガンは実例を見せる。そして彼は、こおろぎたちがやり取りしているメッセージの内容は、これから死ぬ運命にある人間の名前であると理論づける。
ジーンとハルはもう、こうろぎの鳴く声を楽しめなくなる。それだけではなく、こおろぎの秘密を知った者は……
感想その他
展開はおおよそ予想がつく。おおよそ予想がつくのだが、超自然的要素に頼らなくても済むようにも書かれてある。というか、もし、これが超自然的要素のものだとしたら、完全にB級ホラーで、逆に笑える。あの小さくて可愛らしいコオロギが……と。
超自然的要素に頼らなければジョン・モーガンという男のパラノイアがひときわ引き立つ。単なる「独自研究」にすぎないものを、それこそ何か信憑性があるかのように語り、それらしい事例を見せ、それを受け入れざるを得ない状況に他人を陥らせる。手慣れたものである。こういう、いかにも幸せそうなカップルを狙って嫌がらせをする変質者は、自分たちの主張をいかにも確からしく見せるために、まるで小さな昆虫の大群に襲われたかのような傷を自分の体に剃刀で切り刻むことも厭わないだろう。
だから、こういうおかしな「理論」を真に受けてはならない。そんな「理論」を振りかざす者を相手にしてはいけない。そんな「独自研究」に毛の生えたようなものは無視しなければならない。むしろジョン・モーガンのような者がどうやって他人に自分の「理論」みたいなものを認めさせようとするのか、そのときに窺われる、その前後で見受けられるパターンこそを見抜かなければならない。このリチャード・マシスンの短編小説から独自に読み取ったのは、そういうことだ。
データ
Crickets
仁賀克雄 訳、『不思議の森のアリス』(論創社)所収
- 作者: リチャードマシスン,Richard Matheson,仁賀克雄
- 出版社/メーカー: 論創社
- 発売日: 2006/08
- メディア: 単行本
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