アンブローズ・ビアス : 良心の問題
概要
南北戦争の最中、北軍の駐屯地で南軍の密偵が拘束された。密偵の名前はドレーマー・ブルーン。その人物の正体を見破ったのは北軍のパロル・ハートロイ大尉だった。実はブルーンとハートロイ大尉の間には因縁めいた話があった。
かつて北軍兵士としてそれなりの功績を果たし信用もあったドレーマー・ブルーンは、出奔し敵軍の下へ走った。ブルーンはずっと裏切っていたのだった。しかしその後の戦闘でブルーンは北軍の捕虜になる。すぐにもとの身分がばれ、軍法会議にかけられ、銃殺刑が下される。刑の執行までブルーンは貨物車の中に留置かれた。見張りの兵がついた。しかし見張りの若い兵士は、長い行軍のあとで疲れていた。見張りの兵士は居眠りをしてしまった。もし、南軍の密偵ドレーマー・ブルーンがこの隙をついて脱走をしていたら、その責任をとって若い兵士は死刑に処せられていただろう。だが、ブルーンは逃げなかった。それどころか、警備の交代時間がくると、ブルーンは若い兵士をそっと起こしてやった。北軍の若い兵士は、南軍の密偵に命を助けられた。その若い見張りの兵士がパロル・ハートロイ大尉その人だった。
「見張りの兵が疲れているのを思いやるとは、神のあわれみのようなものだ」とブルーンを見つめながらハートロイ大尉は言う。言葉が詰まり、涙が大尉の頬を伝う。
あのとき自分の不手際とブルーンの度量のほどを報告すべきだったと大尉は言う。そうすればブルーンの罪状は減免されたかもしれない。しかし、そうしなかった。
その後、ブルーンは自力で脱出し、南軍に戻り、再び今、捕虜になってここにいる。
大尉は決断をする。密偵に処刑の命令を下す。そして30分後、パロル・ハートロイ大尉は自ら命を絶つ。
感想その他
アンブローズ・ビアスはストレートにこういう「いい話」も書ける人だったんだ、と、その手広さと器用さに感心した。しかも(新訳のせいもあるかもしれないが)全然古い感じがしない。簡潔で、余分なところが一切ない。登場人物の心理を極力描かず、言動だけで状況を読者に伝える。ほんとうに後のハードボイルドを思わせる──ただしこの作品は三人称。しかもさりげない描写が、この小説に奥行きを与えている。例えば、大尉と密偵が二人で歩いていると歩哨が「このときの気分を何となく表して」むやみに丁重な敬礼をした、というところ。大尉の自殺も、駐屯地の料理人が鍋を落として騒いでいたので拳銃の音に気がつかなかったのだが……と一呼吸おいて、事態の急展開を語る。最後の文のストレートにセンチメンタルな感じも、嫌いではない。
データ
小川高義 訳、『アウルクリーク橋の出来事/豹の眼』(光文社)所収
- 作者: アンブローズビアス,Ambrose Bierce,小川高義
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2011/03/10
- メディア: 文庫
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