The Figure in the Carpet

短編小説を読んだから、その感想を書いた

アンブローズ・ビアス : 豹の眼

概要
なぜ結婚をしてくれないのか、とジェナー・ブレイディングはアイリーン・マーロウに訊く。私は正常な人間ではないから、とアイリーンは応える。私は異常をきたしているの、それは……。

アイリーンの告白を「筆者」が代わって書き記す。
アイリーンの父親チャールズ・マーロウは(かつての)開拓時代の精神の持ち主で、未開の森を切り開き、銃と斧をもって、自然人の世界に生きていた。そんなチャールズにも妻と幼い娘がおり、森の丸太小屋で暮らしていた。
あるとき、チャールズは猟に行くと妻に言った。妻は、昨日不吉な夢を見たから今日は行かないで欲しいと頼んだ。しかし夫は出て行った。夜になっても夫は戻ってこなかった。小屋は森の奥深くにあり、四方は黒々とした闇である。妻は暖炉の火を消し、窓辺に夫が帰ってきたときの目印になるようにロウソクを置き、眠りについた。彼女はまた夢を見る……。

そこには……その揺りかごには二番目の子供がいる。最初の子は死に、その子の父親も死んでいた。彼女は揺りかごの中の子供の顔を見ようとする。しかし、そこにいたのは子供ではなく猛獣だった。
彼女は夢から覚める。現実の感覚が戻ってくる。子供は寝ている。子供の無事を確認した途端、彼女は説明のつかない衝動に捉われ、眠っている子供を抱きかかえる。なぜ自分は衝動的に子供を抱きかかえたのか? 彼女はその衝動の原因を認識する。開いている窓に豹の眼が光っていたのだった。爛々と燃える眼が彼女たちを狙っていたのだった。彼女は全身を盾にして子供をかばおうとする。魔性の眼は彼女たちを見つめる。
猟を終えたチャールズ・マーロウが丸太小屋に戻ってくる。しかしドアは動かないし、ノックをしても返事はない。窓は開いていた。そこから中へ入り、マッチを擦り、ロウソクに火をつけた。小屋の奥には子供を抱きしめながら奇矯な笑い声を発している妻がいた。子供は母親に抱かれて圧死していた。


感想その他

このアンブローズ・ビアスの作品の構成は、1.ジェナーとアイリーンの会話、2.アイリーンの父親と母親の話、3.再びジェナーとアイリーンの会話、4.後日譚、となっている。

2のアイリーンの父親と母親の話は正調の怪談話で、子供が女性に抱かれて死んでいたということから、ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』を思わせる。もっとも『ねじの回転』と比べて遥かにコンパクトなものだが、

  • 若い女性が隔絶した森の中で「愚にもつかない何冊かの本」(ロマンスものかな?)で退屈を紛らわせていた。
  • 彼女の夢の中では夫は亡くなっており、子供の顔が野獣の顔になる。
  • 自分でも説明のつかない衝動がある。
  • 豹は本当にいたのか、それとも彼女の妄想か。あるいは豹は豹でないものの何かなのか。
  • 最初の子供は圧死したが、その三か月後に二番目の子供(アイリーン)が生まれる。

と、精神分析ごっこはできる。

この幻想怪奇な話に関しては、ビアスの描写は上手いな、という程度のものでしかないのだが、1と3のジェナーとアイリーンの会話は、そこでビアスはこういうことを書くのか、と感心した。

もともとこの怪奇譚は、ジェナーの求婚を断るためにアイリーンが拵えたものじゃないのか、とまず読者には読み解ける。ただそれだけではなく、注目したいのは3で、登場人物であるジェナーがこのアイリーンの怪奇譚を解釈し、読み解こうとすることだ。

おそらく科学者なら仮説と言い、探偵なら論理と言うだろうものが、心の中で組み立てられつつあった。正常なのか異常なのか、たしかに本人の発言からも疑わしいところがあるが、その疑いにおぼろげながら光を照らすかもしれない。  

 ここでジェナーは「探偵の論理」というものを用いようとする。ジェナーは精神分析的解釈を取らないが(まだそういう時代ではないだろう)、地方新聞に載っていた同じような事件を当てはめようとする。これって……かなり斬新だな、と思った。まるでメタフィクションのよう。

ただ、4の後日譚で幻想怪奇の世界にもどる。結局、豹の一族というか『キャット・ピープル』みたいな。

 

データ

The Eyes of the Panther

小川高義 訳、『アウルクリーク橋の出来事/豹の目』(光文社)所収。 

アウルクリーク橋の出来事/豹の眼 (光文社古典新訳文庫)

アウルクリーク橋の出来事/豹の眼 (光文社古典新訳文庫)