The Figure in the Carpet

短編小説を読んだから、その感想を書いた

ミュリエル・スパーク : 上がったり、下がったり

概要

彼は21階からエレベーターに乗ってくる、と彼女は確かめた。同じように彼女は16階にある会社に勤めている、と彼は確認した。二人の男女はエレベーターの中で互いを意識する。その階のどの会社に勤めているのか、どこに住んでいるのか、髪の毛は染めているのか、独身なのか……。

エレベーターの中で、彼女と彼は、相手がもしそうならばと仮定し、こうなるかもしれないと想像をする。それは脚色され、次第に過剰になっていく。しかし二人はまだ相手の名前すら知らない。

ある日、彼は彼女をディナーに誘う。エレベーター以外の場所で二人が会うのはこれが初めてになる。

 

感想その他

エレベーターに乗っている数十秒の時間の出来事を描く、というアイデアが面白い。毎日顔を合わせているけど、相手のことは知らない。だけど彼のことが気になるし、彼女のことが気になる。だから相手のことを想像する。そうすると……小説になる。

二人の男女のそれぞれの視点で交互に描かれているので、彼と彼女のそれぞれの相手に対する認識のズレが読者に読み取れる。そこがユーモアたっぷりで微笑させる。作者の筆致も楽し気だ。

こういう、知らない相手のことを過剰な想像力で脚色してしまう人間を描いたものとして、ヘンリー・ジェイムズの『檻の中』を思い出した。ジェイムズの作品も、スパークのエレベーターという檻の中と同じく、郵便局の窓口という閉鎖的な空間が舞台になっていた。そして同じく、檻の外に出て相手がどういう人物であるのかを実際に会って知ることになると(相手の名前を知ると)、一挙に覚める、というのも似ている。ありのままの現実は受け入れがたいものだ。

 

データ

木村政則 訳、『バン、バン! はい死んだ』(河出書房新社)所収 

バン、バン! はい死んだ: ミュリエル・スパーク傑作短篇集

バン、バン! はい死んだ: ミュリエル・スパーク傑作短篇集