The Figure in the Carpet

短編小説を読んだから、その感想を書いた

G・K・チェスタトン : 共産主義者の犯罪 ~ 『ブラウン神父の醜聞』より

概要
創設が中世期まで遡る伝統あるマンディヴィル大学で二人の男性が殺された。二人はアメリカ人とドイツ人の資本家だった。二人は由緒あるマンディヴィル大学に経済学部を新設するために大学を訪れ、多額の寄付を申し出、学寮内を見学していたのだった。
警察は以前から要注意人物として目をつけていたマンディヴィル大学のクレイクン教授を逮捕した。クレイクン教授は共産主義者で普段から流血革命を説いていた。それだけでなく、共産主義者クレイクン教授には、二人の資本家を殺す機会も、二人の人民の敵を死に追いやるための毒薬を含んだマッチ箱も所持していた。動機も機会も手段も、この共産主義の煽動家にはあった、というわけだ。
神出鬼没のブラウン神父は(なにしろ死体の第一発見者であった)、「もっとも悪しき犯罪者たちはかつて犯罪を犯したことはないのです」と、「この共産主義者の犯罪」を読み解く。

 

感想その他
ブラウン神父は、まず、クレイクン教授の共産主義者としての犯罪を指弾する。クレイクン教授は共産主義者として徹底していない、と詰るのだ。神父は、クレイクン教授はうっかり神の名を叫んでしまうだけでなく「葡萄酒を飲みながら煙草をすわなかった」事実を指摘する。これは過激な言動で若者を扇動していながら、実のところ、この共産主義者の教授は、貴族的なブルジョワ的な伝統に忠実だったことを暴く──だから、資本家殺しはクレイクン教授ではない、という論理を導くための補助的な推論である。共産主義者共産主義者たる資格を有していない、にもかかわらず共産主義者を名乗っていた。これこそが「この共産主義者の犯罪」である、と。

真犯人は、このクレイクン教授のイギリス的ブルジョワ的慣習を利用した、とブラウン神父は読み解く。共産主義者の「慣習」を巧みに利用し、巧みに犯行時間を調整し、巧みに毒入りマッチ箱を共産主義者に所持させた真犯人は、資本主義者だった。資本主義者は、おそらく、名門大学で若い学生相手に「ラディカルな政治」を講じている共産主義者の矛盾を見透かしていたのだろう。「キャヴィア左翼」と馬鹿にしていたのかもしれない。もともとこの事件には、資本主義者VS資本主義者という背景があった。そこで、より狡猾な資本主義者が、敵の資本主義者を亡き者にするために、脇の甘い共産主義者を利用し、共産主義者を殺人犯人に仕立て上げ、共産主義者の犯罪に見せかけたのだった。

事件を読み解いたブラウン神父は、共産主義と資本主義に対する考えを次のように述べる。これが資本主義に対するチェスタトンの立場だろう。 

あなたがたは皆共産主義に対して猫のように神経を高ぶらせていた。クレイクンをまるで狼でも見るように警戒しておられた。なるほど、共産主義は異端説です。しかし、あなたがた一般の人があたりまえのこととして受け入れている異端説ではありません。あなたがたが考えなしに受け入れているのは資本主義のほうです。と言うよりも、死滅したダーウィン説という変装をつけた資本主義の悪がそれです。皆さんはあの社交室で話あっていたことを覚えておいででしょう──人生とはつかみあいにすぎないとか、自然は最適者の生存を要求するとか、貧乏人が正当な給料をもらうべきかいなかということは重要な問題ではないとか──そういったことです。ほかでもない、それこそが皆さんが慣れ親しんでいる異端説なのです。それもまた共産主義に一歩のひけもとらぬ異端説なのです。 

 

データ

The Crime of the Communist

中村保男 訳、『ブラウン神父の醜聞』(東京創元社)所収 

ブラウン神父の醜聞 (創元推理文庫 110-5)

ブラウン神父の醜聞 (創元推理文庫 110-5)