The Figure in the Carpet

短編小説を読んだから、その感想を書いた

ミュリエル・スパーク : 人生の秘密を知った青年

概要

幽霊はタンスのいちばん上の引き出しからひゅるひゅると出てきて、ふわっと立ち上がる。高さはだいだい1メートル半。古いマンガに出てくる典型的なやつだ。それがベンという青年のところに毎夜、あるいは毎朝、姿を見せるという。単に姿を見せるだけではなく、幽霊はベンにあれこれ忠告めいたことを言い、あーだこーだと何やら干渉めいたことをする。ベンは生意気そうな幽霊にむかつく。ベンは幽霊に言う。

こんな馬鹿げた身分ってあるか。死んだあと幽霊になって、あの世とこの世を行ったり来たり。無意味もいいところだ。精神分析にかけて、消してもらってもいいんだぞ。

 

感想その他

作中人物がストーカーめいた幽霊に対し「警察を呼ぶぞ」ではなく「精神分析にかけるぞ」と警告する。これはどう読み解けばいいのだろうか? かなりの難問だと思う。

僕には難しすぎるので、とりあえずこの問題を保留したまま先を読むと、ベンは案山子の設計者という不可解な職業の女性ジュネヴィーヌと交際しているという。もちろん幽霊はジュネヴィーヌとの交際に関してあれこれあーだこーだと言ってくる。

ベンに転機がやってくるのは、その案山子設計者のジュネヴィーヌが、ある案山子を製作してからだ──彼女はベンの帽子とジーンズとシャツを使い、蕪にベンそっくりの顔を書いた(これ、ちゃんとしたイメージがわかないのだが)。その案山子を見た人は誰もがベンだとわかる。幽霊はそのことをベンに伝える。ベンは実際にその案山子を見に行く。するとベンは案山子職人ジュネヴィーヌに敬服し、結婚を申し込む。結婚したことを幽霊に伝えると……幽霊はくるくると丸まりながら、タンスの引き出しに戻り、消えていった。 

僕にとって、その消失こそが人生の秘密なのです。 

 読者がこの発言から読み取れることは、ベンはなぜなのか理由もはっきりせず、そもそも自分でもまだ事態をよく理解していないが、それでも少なくとも精神分析に頼らずに幽霊を消失させることができた、ということではないだろうか。なぜなら、精神分析にかければ幽霊が消えるというのはベンにとって既知のことだったのだから。

それにしても精神分析以外でどうやって幽霊という実態のないものを消すことができたのだろう? 一読者として、その魔法のような秘密が気になる。例えば「幽霊」を「ネオリベラリズム」に置き換えたらどうなるのだろう、とか、いろいろ考えてしまう。

 

データ

The Young Man Who Discovered the Secret of Life

木村政則 訳、『バン、バン! はい死んだ』(河出書房新社)所収 

バン、バン! はい死んだ: ミュリエル・スパーク傑作短篇集

バン、バン! はい死んだ: ミュリエル・スパーク傑作短篇集