The Figure in the Carpet

短編小説を読んだから、その感想を書いた

ミュリエル・スパーク : 黒い眼鏡

概要

「私」は、いま一緒にいる精神科医のグレイ医師が昔の知り合いだったことに気がついて、黒いレンズの眼鏡を掛けた。なぜグレイ医師は一般の開業医を辞め心理学を志すようになったのか?

 

私が13歳のとき近所の眼科医へ眼鏡をつくりにいったときのことだ。あのとき眼科医のバジル・シモンズは私の肩に手をやり首筋に触れた。そのときバジルの姉のドロシーが検査室に入ってきた。バジルはすぐに手を引っ込めたがドロシーは何かを認めたはずだ──私はそう確信した。「弟を誘惑するな」とでも言っているようだった。

私の祖母と叔母によれば、バジルとドロシーの姉弟には寝たきりの母親がいた。彼女たちによれば、シモンズ姉弟の母親にはかなりの財産があるらしい。また、ドロシー・バジルは片目が見えないことも祖母と叔母は私に知らせてくれた。

二年後、私は眼鏡を壊してしまったので再びバジル・シモンズの店を訪れた。バジルは今でも私に関心をもっているようだった。そのときもまた祖母と叔母は再び私にバジルとドロシーに関する情報を知らせてくれた。彼女たちによれば、母親の財産のほとんどは姉のドロシーに相続されるらしい、または、財産のほとんどは弟のバジルに委託されるらしい、と。

私はバジル先生のことを思う。すると私はいつのまにかバジル先生の家の前に来ている。窓からバジル先生が書類を見て何かをしているのが見える。それは遺言書の偽造に違いない。私はそう確信した。

次の日、眼鏡の調子が悪いとバジル・シモンズを訪ねた。検眼の最中に姉のドロシーが自分の目薬を取りに検査室に入って来た。探していた目薬を手に取りドロシーが二階に戻ると、悲鳴が聞こえた。目薬には毒物が入っており、ドロシーは失明した。これで両目が見えなくなった。その後ドロシーは気が狂ってしまったという。

 

ジル・シモンズはグレイ医師と結婚したが、しばらくして、姉と同じく精神を病んでしまった。グレイ医師は、私が誰で私が事の次第を知っていることを知らずに、自分の内面を私に聞かせる。性覚醒、エディプス転移といった「くだらない話」を私にする。グレイ医師は、夫のバジルの精神の病は、姉の失明の原因は自分にあると考えていることだと説明する。ドロシーは見てはならないものを見てしまったために、無意識のうちに自分を罰しようと目薬の調合を間違えた。夫のバジルは無意識に姉がそうなることを望んでいたため、自分に責任があると信じてしまった。グレイ医師は、そう読み解く。

それを聞いて私はゲームを始める。

グレイ医師は、バジル姉弟は無意識の近親相姦だと言う。

私は、そのことをバジルと結婚するとき知らなかったのですか? と尋ねる。

グレイ先生は、そのときはまだ心理学を勉強していなかったと答える。

何度かこういう遣り取りを繰り返した後、グレイ医師は私に告白する。私が精神科医になったのは、夫のバジルがあれこれ「妄想」を抱くようになったので、それを読み解くために心理学の勉強を始めた、と。効果はあった。なぜなら私は正気を保っているから。私が正気を保っているのは、私が正気を保てるよう、あの事件を読み解いたから。

グレイ医師は言う。妻として見れば、夫は有罪──明らかに姉を失明させ、遺言書を偽造した。でも精神科医としては、夫は完全な無罪になる。

「なぜご主人の告発を信じないのですか?」

「私は精神科医よ。告白はめったに信じない」

 

感想その他

これはよくできている。語り手の「私」の言っていることが事実だとすれば、この物語は、事実を知っている「私」が、事実を粉飾し黒を白と言いくるめている精神分析家の言動を精査し、食い違いをいちいち指摘するゲーム、だと言える。もっとも精神分析家自身もそれを認めているところから、単純に精神分析者を分析する「私」、だけに終わらない。精神分析者を分析する「私」をどう分析できるか、それは読者であるあなたたちの仕事ですよ、と作者ミュリエル・スパークが読者へ挑戦しているようだ。

そもそも「私」のバジル医師への執着とその代理物の眼鏡というのは精神分析的ではないだろうか。バジル医師の遺言書の書き換えにしても「内容を熟知した本を読んでいるみたい」に、そのことを読み取った、という一文がとても意味深だ。誰が何を書き換えたのか? もし「私」が本当のことを書いていない、あるいは、意図して省略した部分があるのならば……ドロシーの目薬に毒物が入っていたのは、ドロシーのミスでもなくバジルがやったことでないとすれば、その場にいた「私」の犯行ではないか。バジルが姉の失明に関して「自分に責任がある」とグレイ医師に告白したのは、まさしくその通りで、自分が13(15)歳の少女を誘惑したために、それを鵜呑みにした少女が邪魔者である姉ドロシーに危害を加えたのではないか、と読み解いたからに違いない。

実在の(架空だが)精神分析家をバカにしながら、物語そのものは精神分析的に読み解くよう仕向ける。これは本当によくできている。おそらく、まだ読み解けていない事実もあるだろう。

 

データ

木村政則 訳、『バン、バン! はい死んだ』(河出書房新社)所収 

バン、バン! はい死んだ: ミュリエル・スパーク傑作短篇集

バン、バン! はい死んだ: ミュリエル・スパーク傑作短篇集