The Figure in the Carpet

短編小説を読んだから、その感想を書いた

『狐物語』より第1話 ルナールの誕生と子供時代

概要

楽園からアダムとイヴを追放した神は、その後、二人を哀れに思い、一本の棒を彼らに与えた。欲しいものがあったら、その棒で海を叩くように、と。アダムが棒を叩くと一匹の牝羊が出てきた。イヴが叩いたら狼が飛び出し、さっきの羊を捕まえようと森へ走っていった。再びアダムが棒を叩くと犬が出て来て、羊を助けるために狼の後を追っていった。

アダムの手による動物は飼いならされ人間と一緒に生活をする。イヴの手から出てきた動物は野生化する。そのイヴの手から生まれ出てきたのが狐でありルナールだった。狐=ルナールは人をだまし、他のあらゆる動物を見つけ次第だます。狡知や悪巧みに長けているものが狐=ルナールなのである。そもそも人が悪知恵を身に着けたのも狐=ルナールが原因なのである。

そのルナールには宿敵がいる。狼の伯父イザングランである。ルナールとイザングランは親戚関係にあり、以前はそれなりに仲が良かった。ところがそういう信頼関係を利用してルナールはイザングランをだまし、肉の燻製を奪い取った。そうしてばっくれている。これが子供時代のルナールの悪巧みである。

大人になったルナールはイザングランの妻エルサンを愛人にする。誘ったのはエルサンのほうであるが、事を済ませたルナールは子狼に小便をひっかけたり悪態をつき殴り一家の主のように振る舞いやりたい放題。それでもエルサンは「お父さんに言ったりしちゃだめよ」と子供たちに言うが、黙っている子狼たちではない。子狼らは帰ってきたイザングランにすべてを話す。これによりルナールとイザングランは不倶戴天の敵になった。

 

感想その他

いちおう基本的な情報を書いておくと、この『狐物語』は12世紀後半に編纂され、独立した複数の挿話が、それぞれ異なった時期に異なった作者によって作られたものである。それでも中心テーマは狐ルナールとその敵である狼イザングランの宿命の対決で一貫しているという(まだ全部読んでいないので)。

また、この『狐物語』の人気によって、本来は固有名詞であった「ルナール」が「狐」を指すようになり、本来「狐」を指していた「グピ」という単語が廃語になってしまった。固有名詞が普通名詞になった興味深い事例だという。

で、この『狐物語』の第一話は、まず「この物語」の来歴を語り手が話す。パリスとヘレナの話があり、それにトリスタン(とイゾルデ)の物語がありましたね、そしてルナールとイザングランの物語です、という感じに。語り手はある本の中にルナールとイザングランの話を見つけ、そこでは……と物語の内容に入っていく。ルナールの来歴も由緒正しくアダムとイヴから始まり、動物がなぜ人間の言葉を話すのかもきちんと説明する──もちろん神がよしとしたのだが。

内容は、アダムとイヴ、パリスとヘレナ、トリスタンとイゾルデとくれば、ルナールの子供時代を除き、それらに連なるようにルナールの性遍歴というべきものである。しかもルナールは言葉を話す動物なので、やりたい放題。動物だからあんなこともこんなことも平気でやれるし、やってもいいと、作者(たち)は絶好のキャラクターを使って、おそらく自分たちがしたくてもできないことを描いている、ような感じだ、今のところ。

 

データ

鈴木覚、福本直之、原野 昇 訳。岩波書店 

狐物語 (岩波文庫)

狐物語 (岩波文庫)