The Figure in the Carpet

短編小説を読んだから、その感想を書いた

フリオ・コルサタル : 占領された屋敷

概要

イレーネとぼくの兄妹は曾祖父母の代からの古い屋敷に住んでいる。奥行のある、前翼、後翼に分かれた広い屋敷に、イレーネとぼくの二人だけで住んでいる。仕事はする必要がなかった。所有している農場からの収入があったからだ。ぼくはフランス文学に傾倒し、イレーネは一日中編物をしていた。二人とも結婚に縁がなく、二人とももう中年の域に達しており、曾祖父母の代から続いている家系が途絶えてしまうだろうとぼくは考えている。
ある夜、ぼくは屋敷の書斎で物音を聞いた。くぐもった話し声のような鈍い音。同時に前翼から後翼をつなぐ廊下でも同じ音を聞いた。その音に反応したぼくは体ごとドアにぶつかって全体重をかけて一気に閉めた。鍵をかけ、閂もおろして、「それ」を食い止めた。
奥のほうは占領された。ぼくは妹のイレーネにそう報告した。「こちら側で暮らすしかないわね」とイレーネ。屋敷の半分を占領され、ぼくとイレーネは、物質的なあれこれを失っただけではなく、思い出までも失ったような気がした。ただ、屋敷が半分になったので掃除は楽になった。
それからしばらくたった夜、ぼくとイレーネは再びあの鈍い音を聞いた。音はだんだん大きくなっている。ぼくとイレーヌは内扉を閉め玄関に飛び込んだ。「こちら側も占領されてしまったのね」とイレーヌが言う。ぼくとイレーヌは着の身着のままの姿で屋敷の外へ出た。玄関の鍵は閉めた。

 

感想その他
屋敷(の半分)が得体のしれない何かに占領されてしまう、にもかかわらず、兄妹は屋敷の全領域が占領されるまで慌てず騒がず何食わぬ生活をしている。それをシュールと呼ぶのか不条理だと言うのか、あるいはそこに政治的意味(当時のアルゼンチンの政治について)を読み取るべきなのか。

解説ではフロイトの近親相姦タブーと「不気味なもの」を引いて楽園追放を読み解いているけど、兄妹が近親相姦の関係だという明白な証拠がいまいち読み取れなかった。やはり「占領」という言葉が気になる。もしそこに現実政治を示唆するならば、国外逃亡でもよさそうな気もするし(フランスの小説が手に入りにくくなっているのは政治的な理由なのか?)、さらに、イレーネが編物をしていて、最後は毛糸の糸が占領された側のドアの向こうまで伸びている……というところからミノタウロスの迷宮とアリアドネを思い出した。とすれば「ぼく」とイレーネはテセウスアリアドネのような関係(とすればこれが二人の近親相姦の証拠にもなる)になるけど、「ぼく」はテセウスのような英雄には見えないし、せっかくのアリアドネの糸玉も結局活用しなかった。なので、この説も却下すべきか。

 

データ

木村榮一 訳、『悪魔の涎・追い求める男』(岩波書店)所収 

悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集 (岩波文庫)

悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集 (岩波文庫)