The Figure in the Carpet

短編小説を読んだから、その感想を書いた

G・K・チェスタトン : 黙示録の三人の騎者 ~ 『ポンド氏の逆説』より

概要 

 私はポンド氏の中にも怪物がいることを知っていた。ほんの束の間表面に浮かび上がって、また沈んでしまう心の中の怪物たちが。それらは彼の穏やかで理性的な発言のさなかに、突拍子もない発言の形をとって現われた。彼がいとも正常な話をしている真っ際中に、突然発狂したと思う者もあった。  

 

ポンド氏が提出する問題は以下である。


まず背景として
プロシアポーランドを支配している。
ポーランドの国民詩人パウルペトロフスキーは愛国的な歌を歌い、ヨーロッパの劇場で国際的な名声を博している。
プロシアのフォン・グロック元帥はペトロフスキーの影響力を懸念している。
詩人ペトロフスキーは現在ポズナニにいる。
フォン・グロック元帥が指揮する「白の軽騎兵団」が駐留している町からポズナニへ行くには、ただ一つの土手道を通るしかない。
土手道の幅は狭く、騎兵は並んで走行することができない。つまり、ある騎兵は前にいる別の騎兵を追い越すことができない。


このような状況の中で、プロシアのフォン・グロック元帥は、国のために、そして王家のためにポーランドの詩人ペトロフスキーに対する暗殺命令を下し、部下の騎兵をポズナニに派遣する。ところが、それを聞いたプロシア国の皇太子は暗殺中止の命令を下す。なぜなら、皇太子はヨーロッパの劇場でこのポーランド詩人の歌を何度となく聴いており、その絶大な人気を知っていたからだ──ペトロフスキーは何よりもヨーロッパの詩人である、暗殺によってかえって彼が神格化されてしまう、と。皇太子は駿馬をもち乗馬の達人である騎兵に、暗殺中止の命令書を携行させ、先にグロック元帥が放った騎兵を追わせた。しかしフォン・グロック元帥は、皇太子の判断は誤った情報によるものであるとし、汚れ仕事専門の騎兵に皇太子の放った騎兵の後を追わせる。汚れ仕事専門の騎兵には、暗殺中止の命令を阻止する命令が命じられ、その目的遂行のためには、たとえ自軍の兵士であっても殺していいという許可が与えられた。 

 

まとめると

  • プロシアのフォン・グロック元帥はポーランドの愛国詩人ペトロフスキーを暗殺するためにフォン・ホッホハイマー中尉をポズナニに派遣する。
  • 皇太子はペトロフスキーの暗殺を中止させるためにアーノルト・フォン・シャハトを派遣し、フォン・ホッホハイマー中尉の後を追わせる。
  • フォン・グロック元帥はペトロフスキー暗殺の中止を阻止するためにシュワルツ軍曹を派遣し、アーノルト・フォン・シャハトの後を追わせる。
  • そして現地点からポズナニに行くためには併走不可能な一本の土手道を通る他ない。


ポンド氏の解答。

二人の兵士が忠実に命令に従ったために、フォン・グロック元帥の詩人暗殺計画は失敗してしまった。もし一人が命令に従わなかったら、フォン・グロック元帥の計画は成し遂げられたはずだ。忠実な僕は二人もいらない。一人で十分だ。

 


感想その他
このチェスタトンの『黙示録の三人の騎者』は本格推理小説として読めるのでネタバレはしない。その代わりに、この作品を読んだときになぜか思い浮かべた状況について書いておきたい。この作品を読んだときに思い浮かべたので、『黙示録の三人の騎者』の内容と、どこか親和性があるはずだ。


A国が「ピンクウォッシュ作戦」なるものを展開していた。Q国のフォン・クィア元帥はその「ピンクウォッシュ作戦」を独自に読み解いた。フォン・クィア元帥によれば、「ピンクウォッシュ作戦」は以下のように定式化できるという。 

Q国におけるピンクウォッシング 科学研究費助成研究基盤Q

 

B(n) = 〈B0,B1,B2,B3...Bj...B(n-1)〉
G(n) = 〈  G1,G2,G3,G4...Gk...G(n)〉
Bj - Gk = 0 (k = j + 1)

 

Bは「悪い事象」、Gは「良い事象」を表す。任意のX国は、X国にとって「悪い事象」(B(n)=B0,B1,B2,B3..)とX国にとって「良い事象」(G(n)=G1,G2,G3,G4...)を組み合わせ、任意の(Bj,Gk)という事象の組をつくる。「悪い出来事」と「良い出来事」の組み合わせなので、それらが組み合わされると、「悪い出来事」を「良い出来事」が相殺し、「良い出来事」を「悪い出来事」が相殺する。この(Bj,Gk)の組み合わせを「最少ピンクウォッシュ」と呼ぶ。フォン・クィア元帥によれば、悪い事の濃度(どれほど悪いのか)と良い事の濃度(どれほど良いのか)は問題にならない。したがって任意の〈Bj - Gk〉の値は必ず0になる。この0値が〈相殺〉を意味する。
これにより、注目している事象の〈悪い〉と〈良い〉の組み合わせは、直感で適当に言えることになる。もっと言えば、フォン・クィア元帥の軍事講座を受講した兵士ならばこそ直感が磨かれ、「最少ピンクウォッシュ」の組を、この世のあらゆる現象の中から抽出できるのだ。

もう少し説明しておこう。元々のオリジナルなA国の「ピンクウォッシュ作戦」とは、事象と事象の組み合わせが一対一の対応を取る、それ自体一つの個別な事象だった(個別のB事象に対する個別のG事象)。しかし賢明なるQ国のフォン・クィア元帥は、「A国のピンクウォッシュ作戦」を一般化したのだった。もちろん、一般化したのだったら、事象も本来ならば無限個になるはずだが、有限のn個にしたのは、フォン・クィア元帥が王立の士官学校出身ではない兵士にも新しい理論をわかりやすく理解してもらうための配慮によりそうしたのだった。と同時に、nを自在に操作するためのメリットも考慮していた。

フォン・クィア元帥がA国の「ピンクウォッシュ作戦」を独自に改変しQ国に導入したのは次のような理由があった。Q国では、最近即位した国王が宗教的信念に基づき「悪事狩り」と呼ばれる極端な浄化運動の大号令を発令した。国王は直々にQ国の兵士に「悪事狩り」を命じた。従順で忠実な兵士たちは「字義通り」に命令を遂行する。
だが、国王の国内浄化運動は、国王の目論みに反し、国内を混乱させ社会をより不安定にした。それだけではない。フォン・クィア元帥の配下にある多くの部隊も「悪事狩り」からは無縁ではなかった。それは、Q国軍には、伝統的に非常勤のスイス人傭兵が数多くおり、その非常勤スイス人傭兵の待遇問題が「悪い事象」と見なされるようになった。さらに、最近では、軍予算の削減により、農民からなる非正規兵士の雇い止めも「悪い事象」としてやり玉に挙がった。
軍事エリートのフォン・クィア元帥はそうなることを予想していた。そのために考案したのが上記の「ピンクウォッシュ作戦」の独自改変とQ国への導入である。フォン・クィア元帥は「悪事」に対して「善事」をぶつけ、「善事」で「悪事」を糊塗しようとする。このフォン・クィア元帥の「理論」=「ピンクウォッシュ」は、国王の「悪事狩り」を無効にするだろう。なぜなら、どんな「悪い事象」に対しても、それに対応する「良い事象」を見つけ出し、それが「最少ピンクウォッシュ」の組として〈Bj - Gk = 0〉が成り立つからだ。「悪事」は「善事」と相殺され、瞬く間に「悪事狩り」の対象が消滅していく。フォン・クィア元帥はQ国にある駐屯地をすべて周り「新しい軍事Q理論」の講座を開催した。反響は大きかった。

”どんな小さな(大きな)悪事であっても、nを十分に大きくすれば、悪事を相殺する善事を必ず見つけることができる!” 

ネオリベラリズムと親和性がある!” 

フォン・クィア元帥の講座を受けた兵士は目から鱗だった。

「悪事狩り」の対象がなくなることで、「悪事狩り」そのものが沈静化し、Q国には平和な安定がもたらされた。同時にQ国軍では、非常勤スイス人傭兵と農民非正規兵士の雇い止めが暗々裏に行われた

 

 

データ

南條竹則 訳、『ポンド氏の逆説』(東京創元社)所収 

ポンド氏の逆説 (創元推理文庫)

ポンド氏の逆説 (創元推理文庫)