アンブローズ・ビアス : 板張りの窓
概要
かつてマーロックという男が森の奥深くにある丸太小屋に住んでいた。1830年代のアメリカで、西へ西へと危険や窮乏との出会いを果たしてきた者たちの一人だった。マーロックには東部で結婚した妻がいた。彼女も、夫と共に、危険と窮乏に、明るく元気に立ち向かっていた。彼らは若かった。
しかし二人は、さらに西へと行くことができなくなった。ある日、マーロックが狩猟の遠出から帰ると、妻が倒れていた。熱でうなされていた。医者などいる土地ではない。マーロックの看病も虚しく、妻は昏倒した。
妻は死んだものとしてあきらめたマーロックは、埋葬の準備を整えをようとした。妻を埋葬しなければならないという義務感が彼を律する。そんなときふと気がつく。
自分はまだ泣いていない……。
マーロックは悲嘆にくれるという経験をしたことがなかった──だからそういう能力が鍛えられていない。
悲嘆 というものは多芸の持ち主であって、追悼の歌を奏でる楽器のように、さまざまな形をとる。きわめて高く鋭く鳴ることもあるが、低く深く響いた和音が、遠い太鼓のように、ゆっくりと繰り返されることもある。
そのとき、空いている窓から悲痛な声が聞こえてきた。子供の泣き声のようでもあるし、野獣の声かもしれなかった。マーロックは眠っていた。目を覚ますと、そこに声も出ないほどの恐怖があった。小屋が揺れ、わけのわからない音声が入り混じった。
恐怖は、ある臨界点で、狂気に変わる。そして狂気は人を行動に駆り立てる。
豹が死んだ女の喉首に咬みつき、窓へ向かって引きずろうとしていた。マーロックは銃をつかみ、でたらめな狙いで発砲した。
感想その他
ヘンリー・ジェイムズの幽霊物語と同じように、このアンブローズ・ビアスの幽霊も、本当に幽霊が出現するのか、それとも幽霊を見ている人物の妄想なのか、どちらでも取れるように書かれている。というか、語り手自体が(マーロックではない他人)、自分の記憶と祖父から聞いた概略に「いくぶんか脚色めいた補足をして語る」と、自分は「信頼できない語り手」だと断っている。ならば、本当に豹が現れ死んだ女を蹂躙したのか、それはマーロックの見た幻想なのか、それどころか妻は本当に病死したのかどうかは、ここではさほど問題にならないだろう。ただ、豹の出現が生々しく描写され、それに見ているマーロックの心の動きが絶妙に連動すること、つまり、マーロックの心の動きによって豹のより微細な動きを読者が読み取れるように仕組んだかのような描き方が、直接的な豹の描写よりも、はるかに素晴らしい効果を上げていることを、小声でぼそっと言いたい。
データ
小川高義 訳、『アウルクリーク橋の出来事/豹の眼』(光文社)所収
- 作者: アンブローズビアス,Ambrose Bierce,小川高義
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2011/03/10
- メディア: 文庫
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