The Figure in the Carpet

短編小説を読んだから、その感想を書いた

G・K・チェスタトン : 孔雀の家 ~ 『詩人と狂人たち』より

概要

画家であり詩人であるガブリエル・ゲイルの注意を引いたのはロンドン郊外の住宅地にある家だった。家を覆うような山査子の茂みに芝生の庭があった。その庭には孔雀がいた。
なぜ、孔雀がいるのか?
田舎にある貴族の屋敷なら孔雀がいてもおかしくはない。しかしここは一般的な郊外住宅である。ゲイルはすでに探偵の目で家の様子を窺っていた。すると家の壁に梯子が立て掛けてあった。
なぜ、梯子が掛かったままなのか? 
梯子には何か赤いものが見える。不思議に思ったガブリエル・ゲイルは、その本性に従って、すでにその家に侵入していた。
室内は孔雀模様の掛物で覆われていた。鏡があり、覗いてみると、ひびが入っていた。
なぜ、鏡はひび割れているのか?
テーブルは晩餐の用意が整っていた。だがよく見ると晩餐テーブルには奇妙なところがあった。
なぜ、テーブルの塩入れがひっくり返り塩がこぼれていたのか?
なぜ、卓上のナイフは十字架の形に交差していたのか?
そこへ、家の主人がやってきた。オパールの装飾品を身に着けた主人クランドルは、闖入者ガブリエル・ゲイルを警察に引き渡さずに、13番目の客として晩餐に招待した。
なぜ、奇妙な家の主人はオパールを身に着けているのか? 

それはこうである。
実業家クランドルは、迷信や信心深さというものを心底軽蔑していて、そういった「規範に抵抗する」ために、あえて不吉で縁起の悪いとされるもので家や自分自身を飾り立てていたのである。山査子、孔雀、梯子(客は梯子の下を通り家に入る)、ひび割れた鏡、こぼれた塩、交差したナイフ、オパール……そして『十三人クラブ』の開催。『十三人クラブ』はクランドルと志を同じくした者たちの会合であった。それは迷信や信仰といった規範に抵抗するという名の下に、そういった規範に囚われた人たちを見下し、あざ笑うという金持ちの道楽の一つの実践であった。
では、なぜ、不法侵入したゲイルは歓待されたのか──それは本来の13人目の客の代わりになったからである。本来の13番目の客は、殺されていた。


感想その他
ガブリエル・ゲイルは殺人事件の謎を解く前にクランドルらがやっている迷信やキリスト教に対する抵抗の仕方がまずいことを、まず指摘する。
孔雀は不吉ではないかもしれないが、高慢は不吉です、と。
その上で、では、どうして13番目の客であった青年が殺されたのか? ガブリエル・ゲイルは事件を読み解く。被害者は、田舎からやってきたごく普通の青年で、偶然『十三人クラブ』に招待された──数合わせのために、半ば強引に。室内に入ると、青年は、十字にクロスした間違ったナイフの並びを正しく直した。こぼれた塩を肩越しに投げた。それがある人物の逆鱗に触れた。た・だ・そ・れ・だ・け・のことが。なぜなら、この家は規範に抵抗するという黒魔術の規範によってのみ充足した空間だったからだ。そこに空気の読めない田舎者がやってきて、この家の「正常な状態」に亀裂を入れた。た・だ・そ・れ・だ・け・ことで。

事情を知らない青年の行為は、ちょうど魔女が”主の祈り”をさかさまに唱えたのと同じ効果をもっていた。この青年は、無意識のうちに白魔術と同じことをやっていた。「狂信者」にとっては、た・だ・そ・れ・だ・け・のことが、彼らの宇宙全体を揺るがすものだった。だから殺さなければならなかった。たかが田舎者の無教養な青年にそんなことをさせておくことは許せなかった。

ここから読み取れるのは、事情を知らない田舎者の青年の普通の行動によって魔法が解けてしまうほど、彼らがその蓄積を誇る黒魔術とやらは脆弱だったのである。所詮、それは金持ちの道楽であり、「クラブ」は傲慢と軽蔑によって、自分たちは「賤しい人々」より優位に立っていることを仲間内で確認し合っているだけのものだったのである。
チェスタトンは、ガブリエル・ゲイルの口を通して、自分の立場を次のように述べる。

かれらはあなたより幸せな人間ではありませんでしたか? ……それは悪を信じていたからです。おそらく邪悪な呪文かもしれないし、悪運や、あらゆる種類の愚かで無知な象徴によって表された悪でしょうが、それでも何か戦うべきものを信じていたからです。かれらは少なくとも物事を黒と白の文字で読み、人生を戦場と見ていました。しかし、あなたは悪を信じず、すべてのものを同じ灰色の光の中で見ることが哲学的だと考えておられる。だから不幸せなのです。今夜こんなことをあなたに申し上げるのは、今夜あなたが一つの目醒を体験されたからです。あなたは憎むに値するものを見て、幸せでした。 

  

データ

南條竹則 訳、『詩人と狂人たち  ガブリエル・ゲイルの生涯の逸話』(東京創元社)所収 

 

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